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コラム・早稲田ローイング

■Vol.21 「ボート界発、全国のラガーマンへ

こんな話がある。
早大ラグビー部から早大ボート部に転部。
7ヶ月でボート全日本選手権6位。
その元ラガーマンの名は、上田晋平。愛知・千種高では8。オール愛知にも選ばれた。 彼はなぜ、オールを握ることになったのか。

 

2005年春。彼は上井草で同じ千種高の親友・瀧澤直と入部前の新人練に地を這っていた。 その時はまさか1年後、自分が水上でオールを握っているとは、想像だにしなかった。 その新人練の途中。やっぱりおかしい。首にしびれが走る。高校時代の古傷だった。 行った病院の診断結果は「脊柱間狭窄症」。医師は「ラグビーは絶対、やめたほうがいい」 2軒目の病院では「できなくはない。でも後遺症が残る可能性はある」

「もう、ガツーンときて」
悩んだ。一緒に“荒ぶる”歌おうぜ。そう言って背中を押してくれる仲間もいた。 しかし、春シーズンが終わった頃、意を決した。ラグビー部監督室のドアをノックした。

清宮監督の第一声は「で、これから何すんの」

「そのときはボートのことも頭になくて、とりあえず『商売の勉強をしたい』って言ったんです。実家がおにぎり屋で、店の名前が『おにぎりの桃太郎』っていうんですけど(笑)、それを言ったら清宮さん、爆笑して(笑)。で『俺らがラグビーで日本一を目指すように、お前はおにぎり屋で日本一を目指せ』みたいなことを言ってもらえて。」

だが、ラグビーのない日々は、想像以上に虚しかった。
「もう1回、思いきりひとつの目標に向かう生活がしたい。そう思って」

大学から始めてもできるスポーツで「体育会、それもチャラチャラしたところじゃなくて、運営のしっかりしたところ」をと探して見つけたのが、ボート部のHPだった。

ボートを初めて漕いだときの記憶は。
「それは衝撃的でした。『速っ!』と(笑)。今思えばかなり遅かったはずですけど。」

10月中旬に入部後すぐに、シングルスカル(1人漕ぎ)に挑戦。 そして初レース(1月)では、レース中に転覆・落水。手荒すぎる洗礼を受ける。
「釣り人に助けてもらって。僕って沈(転覆)がほんと多かったんすよ」

 

ボート部の印象は。
「練習はしんどいですよ。乗艇、ウエイト、エルゴ・・・全部がしんどすぎます。ラグビーとの違いは『爽やかさ』ですね。汗臭さや、汚さがない。でも体育会の人特有の雰囲気はあって『ああ、自分が求めとったんは、こういうコミュニティなんや』って思います。」

そして翌年春。上田はボートの国内最高峰・全日本選手権の「舵手付きフォア」のメンバーに選ばれる。ポジションは「3番」。テクニックとパワーの両方を求められる困難なポジションである。「先輩のコックス(舵手)に1日4部練とか、しばかれまくって。」

しばかれた成果は出た。上田の舵手付きフォアは急成長する。全日本選手権本番では最終日まで勝ち残り、6位入賞を果たした。

「ボートで本当の一流と呼ばれるには10年かかる」筆者もそう聞かされて育った。
そこへ飛び込んだ上田が「7ヶ月」で全日本選手権6位となった。

日本のボート競技を、もっと活性化し、世界に近づけるひとつの方法。
ほかの様々なスポーツ・・・野球、サッカー、水泳、陸上、スキー、自転車・・・
他競技に埋もれる、高い身体能力をもつアスリートにこちらを向かせ、取り込むこと。
上田には、ぜひその先鞭をつけてもらいたい。

年々扱い易くなる用具の進歩も、このスポーツをよりシンプルな「身体能力比べ」に近づけている。熟練の技さえも、圧倒的な身体能力の優位でねじ伏せる。日本のボート競技において、そんな場面はもっとあってよいと思う。「世界との違い」そういえば昨年、長良川での世界選手権を観戦した人は「やはり身体能力のレベルが違う」と口にしていたではないか。

世界に目を向ければ、異競技アスリートがボート競技に転向して成功した例は多い。
10代では競泳でその国のトップ選手だったが、衰えを感じ始めた22歳でボート競技に転向し、4年後にボート世界選手権の決勝に出た。筆者も知る国内の例なら、2005年日本代表の原田芳宏(一橋大)はもと高校球児で、大学入学後にボートを始め、1年10ヶ月後に日本代表に選ばれた。他にも神戸製鋼ラグビー部のFWの選手が、気分転換のつもりで参加したエルゴメーター大会で全国上位にランクされたのを見た。

日本ボート界の抜本的レベルアップへの議論のなかで、繰返し触れられてはいる。
しかし「きっかけ」「そのための場」づくりの具体化へと進む例がまだ少ないのだと思う。

早大ラグビー部コーチも務めるワセダクラブ・後藤事務局長曰く
「ラグビー部員のシーズンオフのトレーニングに、ボートをやらせようかな」
「それで上手くなったら、別にラグビー部員が公式レースに出たって構わないよね」

夢の種は転がっている。必要なのは「きっかけづくり」「場の提供」だろうか。
複数のスポーツが共存する、ワセダクラブだからこそ。

そこでワセダクラブ発「誰でもオールを握れる場」
2006年11月12日(日)、ワセダクラブ主催「ワセダレガッタ」のボート体験会へ。

望月 博文(もちづき ひろふみ)
1970年、大分県別府市生まれ。別府青山高校−早稲田大学卒。
大学ではボート部に所属、コックスを務める。卒業後は都内のメーカーに勤務、一貫して人事関連業務に従事するかたわら、2001年までは早稲田大学ボート部のコーチも務めた。

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