WEB会員募集中



boat

ニュース・コラム

コラム・早稲田ローイング

■Vol.01「乾いてしまったミカン。」

 中学生のころ。クラス対抗で「合唱コンクール」というのがあった。
「若い翼は」だの何だのをクラス全員で歌わされる、あれだ。読者の皆さんも経験がおありだろう。

 本稿筆者、歌うのは大の苦手だ。だが、あの合唱の時、歌っていて、
「あ、今ほんとうにクラス全員が歌ったな」
と思える瞬間があった。髪を染めたワルも、ガリ勉君も、自閉症気味の女の子も。ほんとうに全員が、口パクじゃなく「歌った」瞬間は、明らかに違って聞こえた。それはハッキリとわかった。音痴も美声もダミ声も渾然一体となった「響き」ができる。コンクールでは「響き」を限りなく完成に近づけたクラスが優勝した。

 最初から全員が歌うクラスなどない。誰かがリーダーとなり、衝突し、葛藤しながら、心を開かせていく。ひとり、ふたりと、歌声に加わる。そこに信頼が生まれ、やがて全員が全身全霊で歌う。最後の最後、本番の土壇場で突然「響き」が出ることもある。そんな時、歌は嫌いでも何か「一体になった」という感覚に少しゾクゾクした。感受性の強い女の子は泣いちゃったりしていた。

 さて本題へ。ボートを漕ぐ一番の快感。クルー全員がぴたりと合って凄まじいスピードが出たときの高揚感。それは何とも形容しがたく、言葉にならない。漕いだ者にしかわからないのだ。
「空を飛んでいるみたい。そのままどこまでも飛んでいけそう」
「世界中がすべて、自分を中心に回っているみたい」
など。マニアックな陶酔かもしれない。ただ、誰もが少しは感じたことのありそうなものの中で、ボートの快感に似ているものは、ともし聞かれたら、本稿筆者は「少しだけ」と前置きつけて、さきの合唱の「一体になった」「ゾクゾクした」あの感覚でも挙げようかと思っている。

 平成14年の12月。休日の昼下り、本稿筆者は自宅でミカンを食べながら、ぼんやりテレビを観ていた。何となく眺めていた画面に、気がつくとクギづけだった。その番組は、小学生の「30人31脚」大会だった。二人三脚の30人版の小学校対抗レースだ。正直、何のことはない番組だと思っていた。それが、食べていたはずのミカンはテーブルの上でカラカラに乾いてしまい、代りに手に握っていたのはミカンでなく自分の汗だった。

 30人の小学生たちである。クラスには背の高い男の子も、ちっちゃな女の子もいる。身長の差は最高で30センチ以上ありそうだ。それがロープで脚をくくり合って「全員で脚を同時に動かして」疾走しなくてはいけないのである。一人でもつまずけば、全員がひざ小僧を床にたたきつけてジ・エンド、だ。どんなに優勝候補といわれても、一瞬のミスが命取りになる。子どもたちは「30人がひとつになる」ことを目指して練習してきた。みんな眼が活き活きと輝いている。熱い。そして強いチームには、弾けるような情熱で子どもたちを勇気づけ、励ますことのできる先生―指導者が必ずいる。

 30人がひとつになったチームは、まるで一つの弾丸になったかのように、地響きをたててカッ飛んでいく。推測だがきっとその時、そのメンバーたちの心理状態は、ほとんど何も考えず、頭の中がカラッポになるほど無心で、脚が勝手に動く。そこまで研ぎ澄ました境地に到達しているのではないか。

 そんなことを勝手に想い画面に食い入る本稿筆者、はからずも涙腺がゆるむ。いかん。我に返り考えた。何となく眺めたテレビに、なぜこんなに感動してしまうのだろう。

 そうだ。似ているからだ。その昔、本稿筆者が早稲田ボート部の選手時代、大学日本一を目指したあの高揚に。
体格や素質で劣るワセダが頂点に立つには「チームの一体感」は絶対に欠かせない要素だった。
このテレビで本稿筆者、「合唱」のほかに、少しだけ似ているものをもうひとつ、見つけた。

 翌年の5月。驚いたことがあった。新刊されたばかりの本「早稲田ラグビー再生プロジェクト」(松瀬学さん著・新潮社)をすみずみまで読んでいたときだ。本の中で、あの30人31脚のテレビを観て「メチャクチャ感動した」人が、本稿筆者の他にもいることを知った。
 早大ラグビー部・清宮克幸監督、その人である。
清宮監督は流通経済大戦の後の記者会見の席で、突然「30人31脚」を話題にし、唖然とする記者達に「あのテレビを観て、勢いづいてひとつになったチームは強い、ということをつくづく感じた」と語っていたのだ。

 合唱はひとつの歌。30人31脚は一本のロープ。ラグビーはひとつのボール。ボートはひとつの艇。どれも人間どうしが何かを通じて結び合い、一体となる。そこにできる「絆」が共通点ではあるだろう。

 「最近の子どもたちは、ケータイやメールでしか絆をつくれない」という。本当にそうなのか。知らないだけじゃあないのか。少なくとも30人31脚の子どもたちは、とてつもなく熱い「絆」をもっていた。

 ワセダクラブ・ボートスクールでは、夏はボートを漕いだ子どもたちも、冬は上井草でラグビーにチャレンジ、なんてことが企画されている。もちろんその逆、ラグビースクールの子どもたちが夏にボートを漕ぐ、のもありだ。面白そう。こんな創造的な試み、まだ日本ではそう多くはないだろう。
 きっと、こういう小さな挑戦が、日本のスポーツを変えていくのだ。

 さあ行こう!「絆」をつくろう。ワセダクラブで。

望月 博文(もちづき ひろふみ)
1970年、大分県別府市生まれ。別府青山高校−早稲田大学卒。
大学ではボート部に所属、コックスを務める。卒業後は都内のメーカーに勤務、一貫して人事関連業務に従事するかたわら、2001年までは早稲田大学ボート部のコーチも務めた。

→最新版はこちらへ

※コラム・早稲田ローイングについてご意見・ご感想はこちらへどうぞ

お問い合わせ先 boatcolumn@wasedaclub.com