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コラム・早稲田ローイング

■Vol.02「父と子〜昭和25年・神宮球場のスタンドにて。」

 ボートの魅力について。
様々な言葉で語られる。まれに映像や文章になる。が、大抵は見てがっかりする。本稿筆者、早稲田大学でボートと出会い、その魅力についに青春を捧げてしまった身から正直に言えば、ぴったりくる表現にはめったに出会わない。何かが足りない。どこか表層的なのだ。
つまるところ、ボートの魅力とは「漕いでみないとわからない何か」のようだ

 ここに気になる文章がある。作家の安部譲二さんが書いた「親子の時間−昭和25年・麻布三河台」という自伝的エッセイの一節だ。安部さんの父上が、息子を連れて阪神戦を見に出かけた神宮球場のスタンドで、譲二少年に語りかけているシーンである。さっそく引用してみる。

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 父は、
「まだ戦争が終わったばかりで、プロ野球くらいしか見せられないのだが、実は、これは本当の団体競技ではないのだ」
と言って、兄とぼくに怪訝な顔をさせたのでした。
「野球は、チームの中に何人か図抜けたスタープレーヤーがいれば、その力で相手に勝てるのだが、本当の団体競技というものは、そんな選手は不要で、皆の力を合わせて勝つものでなければいけないのだ」
と、語った父に、
「パパ、その本当の団体競技って、いったい何ですか」
兄が聞いたら、
「それは、レガッタ、漕艇だよ。ひとりで漕ぐスカールではなく、四人か八人のクルーが漕ぐフォアとかエイトというボートレースだ」
この漕艇という競技では、いくらひとりかふたり、ズバ抜けた力の男がいても、他の者とのバランスが取れなければボートは真っ直ぐ進まないし、スピードも上がらないのだと父は言ったのです。
「四人なり八人なりのクルーが、同じ力を出して、バランスよく漕がなければ決して勝てないので、漕艇に限って誰が活躍したから勝ったというようなスタープレーヤーやエースはいないのだ」
皆が同じ力で漕いで勝つから、勝利の喜びが全員で分かち合えるのだと、父に言われても、まだ漕艇を見たことのなかったぼくは、そんなものかと思っただけでした。

「もう暫くすれば世の中も落ち着いて、レガッタにも親しめる世の中になるだろうから、お前たちも機会を捕らえて一度、漕いでみるといい」

自分が経験したスポーツの中では、この漕艇こそが真の団体競技なのだと、普段は極端に言葉の少ない明治35年生まれの父が、この時ばかりは高校生の兄と、これから中学を受験するぼくに熱心に説いたのでした。

父は自分の信念や考え方を、ぼくたち兄弟に伝えようと思ってくれたのでしょう。こんなことからも、父が兄とぼくに様々な期待を寄せていたことが分かるのですが、兄はともかくぼくは全く期待と裏切ってしまったので、なんとも申し訳なく思うのです。ぼくは遂に、父の期待には応えられませんでした

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 本稿筆者が気になるのは、寡黙な父上が、普段とうって変わった熱さで息子に語った、その背景だ。
きっと父上は、ボートを漕いだことのある人だ。ボートの魅力、漕いでみなければわからない「何か」を知っている。

 その「何か」と、自らの生きざまを重ね合わせ、それを二人の息子に託したい。その想いが寡黙な父の内面で抑えきれず熱くほとばしった。そんなひと時だったはずだ。
漕いでみなければわからない「何か」とは、間違いなく、人をそのような気にさせるものだと思う。

 父上は言う。「レガッタにも親しめる世の中になるだろう」「お前たちも漕いでみるといい」

 しかし、である。実際どうだろう。父上の言葉から50余年。この日本では子どもたちが、公園のおわんボートではない「これぞレガッタ」といえるボートに親しむには、ボート部のある学校に入りでもしない限りは、100%に近い困難だったはずである。海外、とくに欧米ではクラブチームで老若男女問わず、気軽にオールに親しんでいる例が多いのに。

 安部さんの父上の望んだであろう環境、子どもたちが気軽に、安全にオールを握り「レガッタ」を楽しむ環境は平成16年3月、やっと実現した。「ワセダクラブ・ボートスクール」である。

 ボートの魅力は、漕いでみなければわからない「何か」にある。
オールを握ろう。 さあ!ワセダクラブ・ボートスクールへ。

望月 博文(もちづき ひろふみ)
1970年、大分県別府市生まれ。別府青山高校−早稲田大学卒。
大学ではボート部に所属、コックスを務める。卒業後は都内のメーカーに勤務、一貫して人事関連業務に従事するかたわら、2001年までは早稲田大学ボート部のコーチも務めた。

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