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コラム・早稲田ローイング

■Vol.12 「グランド坂の騒乱」

「グランド坂」という坂道をご存知だろうか。
早大本部キャンパス・総合学術情報センター(中央図書館)前の坂道である。

昭和末年まで確かに「グランド」はこの地に存在し、球音がこだましていた。
その名を「戸塚球場」、のちに野球部育ての親、安部磯雄教授の名を冠し「安部球場」とも呼んだ。
そして99年前、ここに起きたできごとの余波は遠く隅田川、産声をあげたばかりの早慶レガッタにまで及んだのである。

早慶戦の始まり。野球の明治36年、次いでボート、明治38年。
早慶両校の真剣勝負の魅力は急速に、観る人びとを熱狂させていく。

事件は1906(明治39)年発生した。秋の早慶野球戦・第1回戦は戸塚球場で行われ、慶應が2対1で勝った。そこまでは良かった。興奮した慶應義塾応援団が早大構内になだれ込み「慶應ばんざい」と叫んで気勢をあげたのである。

第2回戦は三田綱町グランドで行われ、早稲田が3対0で勝った。今度は早稲田応援団が慶應義塾校庭に乱入、「早稲田ばんざい」と狂奔する騒ぎとなった。

決勝戦は11月11日。「勝敗の行方は我らが応援の優劣にあり」両校応援団は意気込む。その余りに殺気立つさまに、早稲田警察と三田警察の間には厳重警戒の連絡がとぶ。
漂う不穏な空気。対戦すれば両応援団の衝突は必至、流血すら避けられまい。
試合の前日11月10日、慶應・鎌田栄吉塾長が早大・大隈重信総長、安部磯雄体育部長を異例の訪問。協議の結果、遂に決勝戦は中止。

ボートも例外ではなかった。
その前年・明治38年に第1回早慶レガッタを華々しく実行したばかりでありながら、早々第2回にして早慶レガッタは中止に追い込まれたのである。

再開の目途も立たぬまま5年、10年と年月は流れる。
この間早稲田に、怪力にして政経学部生の部員がひとり。のちの社会党委員長・浅沼稲次郎(大正12年卒)である。相撲部の助っ人まで務めたその怪力も、ついに隅田川の檜舞台では披露されなかった。

流れた時間はいくばくかを清算、再生への途は徐々に開いていく。
1922(大正11)年。第1回早慶ラグビーが開催される。
そして1925(大正14)年、19年間のブランクを経て早慶野球戦が遂に復活する。
さらに野球部は昭和4年秋には天覧早慶戦を挙行。早慶野球戦は日本スポーツ界最大の人気イベントとして再生する。ボートもそろそろ良いだろう、との声はあがるが、実際にことが進んだのは“仲人”が名乗り出てからだった。

“仲人”とは、東京帝国大学(現東京大学)端艇部のことである。
昭和5年、東京帝大は7年前の関東大震災で焼失した艇庫を復興した。そこで早慶の端艇部に対し、こう持ち掛けたのである。
「新艇庫の落成式と記念レースを行うが、やはり最高に華になるのは早慶両校の競漕だ。ぜひ我らのレースで実現してもらいたい。これを機に早慶レガッタを復活したらどうか」

早慶両校は帝大に“仲人の労”を謝するとともに快諾し、1930(昭和5)年4月29日に隅田川で「第2回早慶レガッタ」を開催する。
思い出の第1回コース・吾妻橋上流の水域は橋梁工事中のため、はるか上流の尾竹橋〜小台橋付近に「2000mコース」を設定する。


早慶の出場選手


雨中の表彰式

26年ぶりの復活。レースは想像以上に世間の注目を集める。しかし25年前に続いて当日は春の大雨。ただし今回は「決行」。低温下の冷滴が選手の肌を刺す。早稲田クルーのストローク・田川雪一(昭6年卒)はその手記で語る。
「艇の中に溜まった雨水をセーターに浸して絞った。ユニフォームは濡れ身体は冷え切り、今思い出しても身震いするほど」

レースは抜きつ抜かれつ、白熱の大接戦となる。一瞬先にゴールしたのは、早稲田。
2000m、25年間を超えての雌雄はその差「0.6秒」で決した。
あの旗は健在だった。明治38年の第1回大会、早慶両校で「5円ずつ」出し合って作った紫色の優勝旗。表彰式では、その染め抜きの紫色は25年の歳月を超えてなお、新品のままの高貴な輝きを放っていた。その輝きこそは、この日が来ることを信じ続けてきた早慶の部員・OBの信念そのものだった。

この第2回以降、早慶レガッタは戦争による中断を除き毎年4月に開催、今日に至る。

翌々年、昭和7年。早稲田大学エイトはロサンゼルス・オリンピックの代表権を得る。
その時のメンバーの一人・田中英光(昭10年卒)は太宰治に私淑、卒業後にペンを執り、ロス行きの経験を題材にした小説「オリンポスの果実」で一躍、世の注目を集める。

“秋ちゃん。と呼ぶのも、もう可笑(おか)しいようになりました…”
の書き出しで始まる青春小説の古典、その清冽な叙情は、エイトのオールを握った太い指から紡ぎ出されたのである。

(敬称略)


第2回のレース風景


現在のレース風景

■今年の早慶レガッタ(100周年記念大会)は4月17日(日)隅田川で開催されます。
→早慶レガッタ公式ホームページはこちらへ

望月 博文(もちづき ひろふみ)
1970年、大分県別府市生まれ。別府青山高校−早稲田大学卒。
大学ではボート部に所属、コックスを務める。卒業後は都内のメーカーに勤務、一貫して人事関連業務に従事するかたわら、2001年までは早稲田大学ボート部のコーチも務めた。

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