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コラム・早稲田ローイング

■Vol.16 「難敵は己の中に」

明けない夜はない。そう信じてきた。
長かった雌伏の闇に、薄明かりが差しはじめた。

2005年6月5日。ボート全日本選手権最終日。男子エイト順位決定戦。
この日まで勝ち残った学生クルーは3艇のみ。日大・東北大・そして早稲田。
早大エイトは日大、そして東北大と競り落とし、ラスト500mでついに社会人の強豪・トヨタ自動車をとらえ、刺し切った。
ゴール地点。早大エイトクルーが拳を突き上げ、久々の雄叫びが響いた。


手前から早大、日大、東北大、トヨタ


早大エイト

全日本選手権エイト、総合5位。
「社会人強豪の撃破」そして「学生エイトの最高位」。
早慶レガッタでの大敗から、まだ1ヶ月半。

もちろん。まだ最終目標・10月の全日本大学選手権が残っている。
ただ、早大エイトの久々の雄叫びには、怨念に近い意味がこもっていた。
誰かに対してではない。「彼ら自分たち自身との」長き闘いへの勝利宣言である。
早慶レガッタの大敗、いやその前から続く早稲田男子の低迷に、悩み、迷い、諦めそうになる自分たち自身との暗闘に、ほの明かりを見い出した安堵の叫びでもあった。

とはいえ個人の技術はまだ粗く、不安定。他の強豪校との力関係はまだ横一線だろう。
しかしこの短い期間に、早大エイトのステップアップを可能にしたものは何だろうか。

それは「信」である。
昨秋からの熊田時久監督、武田英之ヘッドコーチ、布施太一主将を中心とした新体制が、いよいよチームとして機能し始めた。チーム全体に、そしてクルーに、「信」という名の芯が通り始めた。
「信」を得たクルーは、不思議なことにブレードワークまで揃うのである。

いつ以来だろうか。早大エイトが戸田コースの2000mゴールで拳を突き上げたのは。恐らく1996年、全日本大学選手権エイト優勝以来である。

幸運にも筆者はその、早稲田として最後に大学日本一タイトルを得たエイトの、結成から最後のゴールまでの2ヶ月間、コーチとして殆ど全ての練習・レースを観察できた。
もう9年近くも前のこと。あのときと今とではあらゆる状況が違う。しかし筆者なりに、これが勝つエイトの特徴ではないかと思えることがある。

「したたかさ」そして「愚直さ」である。
クルー結成からインカレ本番・最終日の最終レースまで、不調やトラブル、失敗は必ず降りかかる。負けるはずがないと思った相手に負けることもある。大切なのは、それらに直面したときに、クルー構築の軸を見失わず、冷静にポジティブに受け止め、ステップアップの材料に変換してしまう貪婪なまでの「したたかさ」の有無なのである。どんな災禍にも振り回されず、クルー構築の軸をぶらさない「愚直さ」ともいえる。

最近、うまくいかない時の早大エイト。力は持っている。なのにレースで一度先行されると萎えてしまう。予選のタイムでライバルを下回れば、自分らは格下だと思い込む。上回れば今度は油断する。次のレースでは簡単に行かれてしまう。
すべてではないが、そんなことが度々なかったか。

ところが今回の全日本選手権、早大エイトには久々に「したたかさ」が見え隠れした。
練習段階でも、そして全日本本番のレースのなかでも出来の良くない時はあったが、その度に修正し、クルーとしてステップアップを重ねてきた。最終日に土をつけたトヨタ自動車、そして日大とは大会期間、それぞれ一度ずつ対戦して敗れている。2回目の対戦できっちり勝つことができたのは、この「修正力」の証しと言ってよいだろう。

この「修正力」を実現するのが、まさにクルーの「信」なのである。
チームボートでは、たった一人でも、やろうという意志を失うと、不思議と他のメンバーに簡単に伝染してしまう。「修正」と簡単に言っても、全員の意志で徹底しなければ、艇速につながる「修正」にならないどころか、何もしなかったのと同じになる。

また全員の「信」を築くには、その芯となる存在が要る。恐らく布施主将、そして4年生の必死の「己への信」そして陸の上でのモラルの追求がクルーの「信」を築き始めている。

2005年10月9日。全日本大学選手権決勝までの時間。
倒すべき難敵は、どこの強豪大学でもなく、自分たち自身の心の中にいる。
そう念じるワンストロークを積み重ねてほしい。
まだ粗い基本技術の精度アップを、愚直に、愚直に、継続してもらいたい。

もうひとつ。重要なことがある。
早稲田大学「部員47名のチームとしての『信』」を築くこと。
エイトだけでは駄目である。これもまた不思議、かつ確かなことなのだが、大学選手権エイトで優勝するチームは、最終日、エイト以外の種目も強い。チーム全体が奔流のような勢いに乗って、最後のエイト決勝へとなだれ込み、そして勝つのである。

6月4日、全日本最終日の前夜。布施主将から筆者へこんなメールが届いた。
「学生が全日本エイトの決勝で覇を競うことは不可能なのか。答えは否。気持ちと努力次第で結果は変わってくる。それがボート。もっと努力して。もっとボートに真剣になって。そしたら絶対にできる。後輩たちの力を俺は信じています。エイトで、近い将来、えび茶のブレードが決勝のテレビ放映の画面で、覇を競うことを俺は信じています。
でも明日、俺にはまだできることがあります。インカレにむけて、俺達のパワーを、勢いを、見せつけよう。それが近い将来、全日本エイトの決勝で覇を競うチームの礎になると信じて」

翌日。信の芯たるこの主将はレース後、久々に笑顔を見せてくれた。

しかし筆者は断言する。
大学日本一のタイトルを得た感激は、あんなものではない。

4ヶ月後。「信」を宿したえび茶のオールが生む神がかりの勢いを、久々に見たい。
そして部員全員で、心の底から狂喜してもらいたい。

望月 博文(もちづき ひろふみ)
1970年、大分県別府市生まれ。別府青山高校−早稲田大学卒。
大学ではボート部に所属、コックスを務める。卒業後は都内のメーカーに勤務、一貫して人事関連業務に従事するかたわら、2001年までは早稲田大学ボート部のコーチも務めた。

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