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コラム・早稲田ローイング

■Vol.18 「平凡の非凡」

勝負の世界に「たら」「れば」は存在しない。
わかっている。それでも書かずにいられない。

2005年7月10日。スイス・ルツェルンでのボートワールドカップ、男子軽量級シングルスカルで日本の武田大作選手が優勝。ついに世界の頂点を極めた。
しかし、舞台こそ異なるが、実は女子でも「日本女子ボート史上初めての大快挙」に限りなく近づいたシーンが存在したのである。

7月8日、ワールドカップ女子軽量級ダブルスカルに出場した日本クルー(熊倉美咲・堀端彩子組…いずれも早大)は1秒間に4艇がなだれ込む大混戦のなか、僅差で準決勝進出を逃したものの、その内容は、強豪の豪州を9秒差で打ち負かすなど、従来の日本女子トップ選手が到達したことのないレベルだった。

衝撃の知らせが飛び込んだのは、そのあと。7月24日。
熊倉・堀端組がスイスから帰国して、次の合宿の準備を始めていたときのこと。ワールドカップで熊倉・堀端組が「9秒差で」勝った豪州クルー(同メンバー)が、アムステルダムでの「U23世界大会」に転戦、「トップと9秒差で」3位、銅メダルを獲得したというのである。

熊倉・堀端組がそこにいれば…。
もちろんレースが違えば条件も違う。単純比較の愚かしさは承知している。
だが瑣末な議論は横に置いて、熊倉・堀端が昨年のU23世界大会に出場して4位、そのレベルから長足の進歩を遂げていること、U23では世界のトップクラスに登りつめたことは明らかであるし、大いに称えられるべきだと思う。

今年、二人には見据えてきた目標がある。8月30日〜9月4日、日本で初の開催となる世界選手権(岐阜・長良川)である。その日本代表に、早稲田女子部は熊倉・堀端を含む4人(熊倉美咲、藤元江里、堀端彩子、玉川由紀)を送りこむ。6月の全日本選手権では、この4人にコックス山名を加えた舵手付クォドルプルで3年連続の日本一となった。


2005年全日本選手権 女子舵手付クォドルプル 3連覇のゴール

国内で勝ち続ける。世界に挑み、ついには頂点を極める。
それが夢物語ではなくなっている。現実になりつつある。
早稲田女子部が辿ってきた、そのプロセスはどのようなものか。
現在、コーチを務める坂本勝氏(平成11年早大卒)に聞いてみた。

 

→「早稲田女子部のここがずば抜けている」といえる要素はあると思いますか。

「即答できるような『ずば抜けたもの』は何もないです。本当に。しいて言えば選手たちの『素直さ』ですかね。本当に全員が、指導陣の話に必死に耳を傾けてきます。
だけどその一方で、主将の熊倉が後輩たちに、こう言うらしいんです。
『教わらないと強くなれない、なんて言い出したらおしまい。ボートの上達とは自分で漕いで漕ぎまくったその果てに、自分の頭と身体でつかむもの』と。
彼女らの素直さは、何でも鵜呑みにする類のものではないのです。あくまで競技する主体は自分であり、コーチの意見は、自分の中で取捨選択し消化するための材料になっているんですね。熊倉主将の姿勢が全員にいい波及をしている。しかもその姿勢はいい成績を挙げても全く変わらない。そこは伝統にすべきDNAだとは思いますね」

→人材が潤沢、という声がありますが。

「確かに恵まれてはいます。でもそれが全てではないと思います。熊倉美咲は進学校(浦和第一女子高校)から一般受験で浪人して入ってきたし、日本代表に選ばれた藤元江里も、高校時代に漕いではいましたが、全国で順位がついた経験はありません。昨年度主将の原愛美に至っては、大学からボートを漕ぎ始めました。ですから、ボートエリートをかき集めた結果という見方は正しくありません」

→日本代表の4人(熊倉美咲、藤元江里、堀端彩子、玉川由紀)を評すると。
熊倉(4年)…「4人の中では最もベテランで、艇の進め方を知っています。でもテクニックに修正すべき点はまだまだ残っています。北京五輪に向け、もっともっと進化できるはずです」
藤元(3年)…「性格の素直さはナンバーワン。それが大学に入ってから大きく伸びた理由でしょうね。トータルバランスに優れ、安定した強さを発揮します」
堀端(2年)…「まずフィジカル面でコア(体幹)が強靭で、とても強いフィニッシュをします。もっとストローク全体でスムーズに加速できればもっと速いはず」
玉川(1年)…「身体はいちばん小さいですが、とにかくドライブ(水中の押し)に底知れない強さがあります。1年生ですから、未知数の魅力に期待しています」

→国内で勝ち続けながらも選手のモチベーションを高めてきた、そのコーチングにはどのような工夫があったのですか。

「全日本3連覇のかかった舵手付クォドルプルについては、500m毎にターゲットとなるタイムを設定しました。その根拠は、過去6年間の国際大会の女子クォドルプルのタイムカーブを分析して得た傾向値、そして昨年の2連覇クルーの決勝タイムです。昨年も女子としては驚異的(6分58秒41)といわれましたが、そのときのタイムを、第2クウォーターで2秒、第3クウォーターで2秒、ラストクウォーターで1秒上回って、ゴールでは6分55秒を切ることを目標にしました。本番は逆風で実現はしませんでしたが、条件が整えば可能だったと思います。そのための練習をしていましたから」

 

「ここがずば抜けている」そんな話を期待したのは勝手な妄想とわかった。ただ…
国内での連戦連勝にも自らの立つ位置を見失わない。素直に指導陣の話に耳を傾ける。鵜呑みではない咀嚼と消化を行う。コーチの創意工夫のもと、ひたひたと積み重ねる基礎練習。その累々たる蓄積が、強さへと昇華する。
それだけである。「当たり前だけど難しい」ことの積み重ね。その重要さを理解し、最大限の辛抱強さをもって実行する指導者と、挑戦する選手たちの姿が、そこにはあった。

「平凡の非凡」
かつての高校野球の名将、池田高校・蔦文也監督の言葉を思い出した。

彼女らの晴れ舞台、日本でのボート世界選手権は、8月30日に開幕する。


後列左から 山名、藤元、熊倉
前列左から 堀端、玉川

望月 博文(もちづき ひろふみ)
1970年、大分県別府市生まれ。別府青山高校−早稲田大学卒。
大学ではボート部に所属、コックスを務める。卒業後は都内のメーカーに勤務、一貫して人事関連業務に従事するかたわら、2001年までは早稲田大学ボート部のコーチも務めた。

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