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Rugby football

ニュース・コラム

Dr.Tのオンラインクリニック

ラグビー選手にとって、頻繁に起こる怪我について、その対処方法とリハビリ・スケジュール等について、シリーズでお届けします。

■Vol.09 脳震盪

さあいよいよ今年もラグビーシーズンの到来です。
今回は脳震盪がテーマです。
試合中に脳震盪を起こし、ロッカールームまで記憶のないままトライをして勝ったなどの武勇伝として語られることもありますが、ひとつ間違えれば重大な事故につながります。
脳震盪は頭部外傷のうち後遺症もなく回復するため軽症であると言われていますが、脳震盪だと思っていたものが実は脳挫傷や脳出血である場合がまれにあります。
たかが脳震盪と考えないで下さい。

脳震盪とは?

読んで文字のごとく脳が揺れることによる引き起こされるさまざまな症状のことを総称してこう呼びます。一過性に脳への血流が不足するために起こると言われています。多くは直接頭部(後頭部)を打撲しておきますが、顎や顔面を強く打った時(ボクシングのノックアウトの状態)や、転倒時の回転性の遠心力によっても起こります。
頭痛や眼の焦点が合わないといった症状にはじまり、健忘(逆向性健忘・外傷後健忘)※・意識消失・嘔気・平衡障害などさまざまな症状を呈します。

【主な症状】−軽〜中等度

・頭痛

・ボーっとする

・吐き気

・目まい

・複視(焦点が合わない)

・視野狭窄

・うつろな眼差し

・記憶障害

同じ事を何回も聞く。(俺はどうしたの?試合はどうなってる?など)

・感情失禁

理由もないのに泣いたり、妙に陽気にはしゃぐ

・共同運動障害(平衡障害)

まっすぐ歩けない、ふらつく。

・健忘(一種の記憶喪失)

1)逆向性健忘

怪我をする前のことを思い出せない。(無くした記憶の長さで重傷度が違う)
(短い場合は怪我の瞬間の記憶がなく、長いものは朝食の内容や前日のことも忘れる)

2)外傷後健忘

怪我より後の記憶がない。(その後のトライを覚えていないなど)

【主な症状】−重傷

・激しい頭痛

・嘔吐

・けいれん

・運動麻痺/しびれ

・意識障害が戻らない

また、脳震盪と頭部外傷(急性硬膜下出血など)はグランドレベルでの鑑別は困難です。
頭部外傷でも最初は脳震盪のように軽い意識障害のみで(清明期)、その後突然昏睡に陥ることがあります。
少しでも意識消失(気を失った状態)を認めた場合は、プレーは中止し、経過観察と専門医の診察が必要です。
脳震盪は症状によって以下のようなGrade(程度)に分けることが可能です。

表1:脳震盪の程度

Grade1一過性の精神状態の混乱(ボーっとする)が15分以内に回復、意識消失なし
Grade2一過性の混乱が15分以上続く、意識消失なし
Grade3意識消失を認める(短くても長くても)

(Neurology 48:581-585,1997)

また、脳震盪のGrade(程度)によって安静にすべき休養期間は変わってきます。以下の表2はアメリカのスポーツ医科学会が発表した脳震盪の復帰目安ですが、実際にはいつからやって大丈夫との基準はありません。たとえ軽症でも脳神経外科医の診断・許可を得るのが一番だと思います。
ラグビーにおいてはIRB、日本協会ともに脳震盪後3週間の試合出場の停止を義務付けています。
これは脳震盪の際、損傷した脳や微小血管の修復に約3週間かかるという理由からです。
最近注目されている病態にsecond impact 症候群というものがあります。
これは最初に脳震盪を起こし(症状は頭痛のみの軽いこともあります)、その後(その日だったり数日後だったり)に再度(2回目)の外力(打撲だけでなく遠心力など)により重篤な脳の出血を起こすことを言います。
そのため、最低でも意識消失を認めた場合(Grade 3)は全例、脳神経外科でCTの検査を行い、3週間のコンタクト禁止をお勧めします。(われわれもそうしています)

表2:脳震盪の程度と休養期間

脳震盪の程度復帰までの休養期間
Grade1 : 1回目
Grade1 : 繰り返し
当日
1週間
Garde2 : 1回目
Grade2 : 繰り返し
1週間
2週間
Grade3 : 意識消失(秒単位)
Grade3 : 意識消失(分単位)
Grade3 : 繰り返し
1週間
2週間
1ヶ月以上

(Neurology 48:581-585,1997)

チェック方法

もし、脳震盪を起こしてしまったときのチェック方法です。
これから紹介するチェック方法はあくまでも目安です。絶対的指標ではありません。

【問診】(意識消失・健忘などのチェック)

わかる?
今日の試合相手がわかる?
ここはどこのグラウンドかわかる?今日の朝ごはんは何だった?

などを聞いてください。

合宿中などは頭を打っていなくても曜日や日付は忘れていることが多いので、それらの質問は向きません。
また、逆向性健忘が起きていれば、怪我した直前の記憶はまずありませんので、怪我をした時のこと覚えてる?などの質問も不適切です。

【握力】

左右差なくちゃんと力が入るかどうかチェック(頚椎・頚髄損傷の除外)

【視力】

指を見せ何本に見える?(複視のチェック)
指を上下・左右に動かしてみえるか?(視界・眼球運動のチェック)

【平衡感覚】(ばらんす)

閉眼片足立ち 眼を閉じて片足でバランスを保てるか?

Touch to nose test


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目をつぶらせて、片足で立たせ、自分の鼻を指定した手で触らせる。
ただし、これらのテストはもともと人によってバランス能力の個人差があるため、注意が必要(普段からふらつく人もまれにいます)
・直線歩行(直線Jog)

脳震盪(頭部打撲)の時の対処一覧

注意

"意識の有無に関わらず、もし万が一身体をまったく動かすことができない、手足の感覚がまったくないなどの諸症状がみられた場合、脊髄損傷が疑われます。
この場合、むやみに動かすとさらなる損傷を引き起こし重篤なダメージを与えてしまう可能性があり、訓練を受けている人以外が対応することは非常に危険です。
一刻も早く救急車を呼び、救急隊に任せましょう"

脳震盪の諸症状は頭を打ってしばらくしてから出てくることもあります。その際は、脳神経外科など専門医の受診をお勧めします。

脳震盪を防ぐために

脳震盪もある程度、予防することが可能です。とりわけ、正しいタックル、受身、頚の筋力強化は効果的です。そしてマウスガードの装着も有用です。
 逆ヘッド・ローヘッドタックルは頭・頚部外傷を起こしやすい危険なタックル方法です!ラグビー協会の報告でも重傷外傷の多くはこの逆ヘッド・ローヘッドタックルが原因です。

順ヘッドタックル

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逆ヘッドタックル

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1.正しいタックル

なぜ逆ヘッドタックルが危険かというと、突進してくる相手の力を自分の首と頭ですべて吸収してしまうからです。いわゆるタックルの名手といわれる人の中にはこの逆ヘッドを武器にしている選手もいます。しかしそれらの選手は並外れた筋力を持っているのです。また、一度逆ヘッドの癖がついてしますとなかなか直せません。初・中級者は決して真似しないで下さい。頭ではなく体で相手を止める癖を付けてください。


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正しい当たり方
横から見て頭・首・背中が一直線。

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危険な当たり方
横から見て一直線でないもの(頭が下がっている)。

2.受身

転倒時に顎を引いて背中を丸めることにより、後頭部の打撲の機会は減ります。
また、柔道の受身のように正しく手(前腕)をつくことで、衝撃の分散も可能になります。

3.頚部の筋力強化

ラグビーにおける基本中の基本の強化部位です。首の筋力が不十分であれば、頚部や頭部の固定が不十分になり、頭・頚部の外傷の原因となります。


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4.マウスガードの装着

マウスガードを装着し、強くかみ締めることで、脳へのダメージを軽減させることが可能になります。また、発揮できる筋力が増大するとの報告もあります。(詳細は次回の号で)

5.ショックアブソーバー

ヘッドキャップはたかが厚さ数センチの布ですが大事な緩衝材です。
特にルールで着用が義務付けられている高校生以下の選手は正しく装着し、頭部を守るようにしましょう。
また、髪の毛にもショックアブソーバーの役割があります。スキンヘッドの選手もいますが頭部保護の観点からはあまりお勧めしません。

参考文献

1.Neurology 48:581-585,1997

■Dr.Tとは・・・?
この企画の監修を務めるドクター。某W大学ラグビー部で長年チームドクターを務める。日本体育協会公認スポーツドクターでもある。外見はプロップコーチだが実は名医。そう、見掛けによらず、ものすごく器用。縫合なんて超芸術品。そして、何よりも注射をすることをこよなく愛するが、注射をされることは大嫌いなもうすぐ二回目の成人式。未だ独身。

■ワセダメディカルチームとは・・・?
チームドクターであるDr.Tを中心に鍼灸師のプロのトレーナー1人、リハビリ担当のPT(理学療法士)2人、学生トレーナー6人から成るチーム。いつも選手の一番そばにいて、サポートを行なっているスタッフたちです。

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お問い合わせ先 rugbycolum@wasedaclub.com