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Wonderful Rugby 〜もっとラグビーを楽しもう〜

ラグビーに興味があるけどあまり良く知らない、あるいはラグビーを全く知らない人に向けて、これだけは知っておきたいラグビー情報をシリーズでお届けします。

Scrapbook history of rugby スクラップで読む日本ラグビー史〜

日本国内で、初めてフットボールに関する記事を取り上げたのは、一八六六年一月二十六日付けの横浜の日刊英字新聞ジャパン・タイムズ・ディリー・アドヴァタイザーである。旧暦にすると慶応元年十二月のことである。日本のラグビーのルーツ校といわれる慶応義塾にラグビーが導入される三十三年も前のことだ。横浜には、在留欧米人による長いスポーツクラブの歴史があり、それは今も横浜根岸台のYC&ACに引き継がれている。
 この連載では、以来現在に至る百三十七年余りの間に書きつづけられたラグビー記事を集めた私のスクラップブックの中から、その時々の話題を拾いながら最終的に日本ラグビー史を綴ろうというものである。

年表

■Vol.08 逆転PG a PG that upset the game

 2005年6月、20年ぶりにアイルランド代表が来日する。1985年初来日し日本代表と2戦、第二回、第三回のワールドカップ予選プール、平尾ジャパンに引導を渡した2002年のフランス・アイルランド遠征の1戦を入れて日本は、5戦5敗、1987年にはアイルランド学生代表が、NZオールブラックスの来日を前にした日本代表を一蹴している。

 特に1995年のWCでは、強力FWのアイルランドに、後半二つのペナルティ・トライを奪われ50対28で敗れたが、この大会のNZ戦145対17以上に日本ラグビーにとって戦術面での屈辱的敗戦だった。大阪の茨田高3年の清宮克幸が主将を勤めた1986年の高校代表のアイルランド遠征でも、地区選抜チームに4連勝して臨んだ最終戦のアイルランド高校代表には、6対16とノートライで敗れている。一言でいえば苦手な相手だ。

 1987年3月、早稲田ラグビー部は、翌年の創部70周年記念のオーストラリア遠征を前にチーム強化をはかるため、初めてアイルランド遠征を行い、かつて来日したダブリン大やクイーンズ大を始め、ゴルウェイ大、コーク大、ダブリン大の各ユニバーシティ・コレッジ(大学付属のコレッジ)と対戦した。初戦で対戦したダブリン大は、1981年に来日した時に国立競技場のナイターで27対9と破っているが、この遠征でも26対6と再び勝利する。しかし、遠征は通算2勝3敗と負け越した。

 1987年秋、春の遠征で対戦した各大学のメンバーを中心としたアイルランド学生代表が来日する。全5試合が組まれたが、迎え撃つのは、前年度学生日本一の全大東大、社会人ナンバーワンのトヨタ自動車、日本学生代表、日本代表。その一番手を全早稲田大が受け持った。早稲田は、この時点で対アイルランド大学チームと6度対戦し、3勝3敗のタイ。

 9月20日午後3時、曇り空の国立競技場。2万人が見守る中、スコットランド協会のレフェリー、レイ・メグソンの笛でキックオフ。アイルランド学生代表は、果敢にオープンに展開する”きれいなラグビー”で攻めた。

 ローリー・ミーツ監督は、来日の第一声で「満足してもらえる試合がしたい」と話す。そこには、春の早稲田と対戦した5大学から選抜した代表チームだから、よもや負けることはないという自負があった。しかし、「来日前の調整3日間」という落とし穴がまっていた。

 開始1分、アイルランド学生のシャーン・オバーンが左中間44mのPGを狙う。失敗。オバーンは、春の遠征最終戦で対戦したダブリン大ユニバーシティ・コレッジのSH。後半40分にFB石井勝尉のトライで19対17と逆転しながら、8分のインジュリー・タイムの末、逆転トライを奪われて悔しい敗戦を喫した相手のキッカーだ。

 両チーム無得点で迎えた前半14分、今度は全早大のLO坂本光治(宇都宮高-丸紅 1987年卒)が、右隅47mの難しいPGを決めて先制する。前日のミーティングで、「長いPGはボク、短いところは本城さん」が蹴ることを申し合わせていた。

 27歳のSO本城(和彦、国学院久我山高−サントリー)とハーフ団を組むのは、弱冠18歳SH堀越正巳(熊谷工)。赤黒のジャージで試合をするのは初めてだった。わずか三日しかコンビネーションを合わせていなかったが、息はぴったりだった。前半27分、ラインアウトのロングスローからゲームキャプテン8益子俊志(日立一高−茨城教員)を基点にショート・サイドを突き、堀越−本城で右隅にトライ、コンバートも入って9対0。35分にも本城が2つめのトライを上げ13対0とリードをさらに広げる。

 一方、アイルランド側は、PGが入らず前半39分4本目でやっと1本入れ、13対3で前半を終了する。

 後半に入ると、前半不調だったオバーンが、3分の右隅40mのPGを入れると、25分までにさらに4回中3回PGを成功させて、15対13と逆転する。

 全早大は、後半27分本城が左中間22mのPGを外すと坂本も31分の右隅28mが入らない。そして37分、左中間25mで敵反則を得る。FWのプレース・キッカーといえば、日本代表で元伏見工監督の山口良治が有名だが、早稲田では、LO梅井良治(京都一中1953年卒)が活躍したくらいで、珍しい存在だ。坂本は、おまけに左利きだった。

 「お前蹴ってくれ」、正念場で本城は坂本に勝利を託した。楕円球は、見事にゴールポストの真ん中を通り16対15の逆転PGに成功した。しかし、このボールを蹴り出せば試合終了という本城のタッチキックがサイドラインを割らない。悲鳴にも似た歓声の中、早稲田は必死にタックルに入り、ラックがつぶれたところでタイムアップの笛が鳴った。
 全早大は、アイルランド学生代表をノートライ(5PG)に押さえ込み、春のアイルランド遠征の勝ち越しを賭けた試合での逆転負けの借りをかえした。

 学生単独チームが、本場学生代表に勝ったのは、1956年春、全明大が豪州学生代表を12対11の1点差で下して以来31年ぶりのことだった。

全早稲田大対アイルランド大学チーム戦績 (通算10戦5勝5敗)

1981年

 ダブリン大来日

 ○27-9

 ダブリン大

1987年

 全早大アイルランド遠征

 ○26-6

 ダブリン大

 

 

 ●6-12

 コーク大UC(ユニバーシティ・コレッジ)

 

 

 ○18-15

 ギャルウェイ大UC

 

 

 ●13-27

 クイーンズ大

 

 

 ●19-21

 ダブリン大UC

1987年

 アイルランド学生代表来日

 ○16-15

 アイルランド学生代表

1997年

 全早大アイルランド英国遠征

 ○41-37

 ダブリン大

 

 

 ●14-19

 ダブリン大UC

2002年

 全早大アイルランド英国遠征

 ●19-27

 ダブリン大トリニティ・コレッジ

▼1987年 アイルランド学生代表対全早稲田大学 プログラム

年表

秋山陽一(あきやま・よういち)
1947年東京神田生まれ。ラグビー競技歴なし。都立田園調布高校時代の同級生、漫画家の植田まさしや関西学院大教授の植島啓司がラグビー部にいた。1972年早大第一商学部卒。TVKテレビに入社し関東大学ラグビー中継に携わる。放送開始に当たって手書きの記録集「関東大学ラグビーハンドブック」を作成、これがラグビーの記録との出会いとなる。1990年頃から日本のラグビー黎明期の歴史に興味を持ち調べ始め、以後、神保町の古書街やラグビー協会の倉庫での発掘作業が続く。2003年1月からフリーに。

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