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楕円球コラム 〜Extra〜

■プロップマガジンW
 Vol.2「スクラムとは制空権争いである」

 早稲田のラグビー部のHPを見て、オッと思った。

 プロップの特集を組んでいる(「フロント6人衆インタビュー」)。
早稲田大学ラグビー蹴球部公式HPはこちらへ

 12月3日掲載だから、そろそろトップページから消えるかもしれないので読みたい方いらっしゃれば(の話でもあるが)、どうぞお早めに。トップページから消えてもバックナンバーとして「特集」のところに残るので、慌てなくても大丈夫なんだけれども、こういうイロモノを楽しむには早めの方がいいし、何度読んでも面白いからどうぞ何度でも読んでください。最初は取っつきにくい、あるいは抵抗がある、もしくは趣味に合わないかもしれませんが、こういう類いのは「馴れ」ですから。すでに読んでしまった方は、このコラムを読んでもう一回、どうぞ。

 まずはめずらしい。いや、めでたい。
 めでたいし、珍しい。
 プロップ(プロップとフッカー)をひとかたまりで取り上げるのは、ラグビー記事として珍しい。プロップはめったに記事にならないからだ。
 と同時に珍しくないともいえる。プロップは一選手として単独では記事になりにくい。プロップは集団でないとプロップの選手であると認められないからだ。グラウンドで選手に会ったとしても、単体ではなかなか誰それと気がついてもらえない。街中で私服を着ていたらなおさらである。だから、プロップはいつもジャージを着ている。しかも、ただのジャージやスウェットだと柔道の選手と間違えられるので、極力アディダスやナイキやカンタベリーを着ていたりする。
 例えばその特集によれば、こうである。

―プロップってよくかわいいとか言われるよね

東野: この間ワセダクラブのイベントで選手と写真を撮ろうみたいな時間があったじゃないですか。あの時なんて僕ら単体でいたらほとんど声掛けてもらえないのに、1回3人(青木と市村)でスクラムのパックしたら、おーおーっていきなり人が集まってきた(笑)3人でやっと一人前かみたいな(笑)

市村: そう、いきなり人気が出た(笑)。あの時はやっぱりスクラムで何ぼなんだなって思いましたね
(早稲田大学ラグビー蹴球部HP「特集 フロント6人衆インタビュー」より)

 東野憲照はプロップ1番、青木佑輔はフッカー2番、市村茂展はプロップ3番の選手である。
 東野の「3人でやっと一人前か」というコメントは深い。さすがは4年生である。文殊の知恵も毛利の矢も三人ワンセットである。世間の荒波、世知辛さ、戦国の世の中を乗り越えるには、三人トリオが適当なのである。そこをふまえての東野のコメントと好意的に捉えたい。

 ところで、この特集記事の中でもっと気になるコメントがあった。
 スクラムを組むときのことだ。
 3番の伊藤雄大は、大学ラグビー部に入っても先輩プロップをものともしなかった。むしろ自分よりも「弱い」と感じた、と。しかしそれでも体格の違いから、押しの強さが高校のトップレベルとはかけ離れて強かった。それをいかに克服したか。このコメント。

雄大:僕は一年で入ってきた時は、みんな弱いなーって思いましたよ。諸岡はヒーヒー言ってましたけど(笑)。大学の押しの強さに戸惑った部分もありましたけど、突っ込みの概念を覚えてから自信がついたというか。高校時代はただ力で押しにいってるだけでしたから。それができるようになってから上のチームに上がれるようになったし、一番心掛けているのは突っ込みですかね
(早稲田大学ラグビー蹴球部HP「特集 フロント6人衆インタビュー」より)

 ヒーヒーいっていたらしい諸岡省吾は1番の選手。伊藤雄大とは国学院久我山高校の同期である。
 さて問題。突っ込み、とはなんだろう。
 これを直接伊藤に問いただすべく、小生上井草タタミは上井草ワセダのグラウンドへ行った。

 西武新宿線高田馬場駅から下りの快速電車に乗った。黄色いボディの電車は途中、私が学生時代に住んでいた町の駅を何の躊躇いもなくガーっと通り過ぎて私は「ああっ」と感傷に浸るまもなく、鷺ノ宮で各駅停車に乗り換え、下井草、井荻と停車して上井草駅到着。高田馬場駅からだいたい15分程度だった。
 上井草駅を降りて、下り電車に乗ってたら改札を出てそのまま右に折れて真っ直ぐ歩く。上り電車でやってきたなら、改札を出て右折、線路を渡ってさらに右折。改札は上り下りそれぞれひとつずつしかないので、わかりやすい。
 駅を出て真っ直ぐに5分も歩くと、そこにラグビー部の寮とグラウンドがある。 寮舎もグラウンドも昨年できたばかりだから、まだ初々しさがある。グラウンドは冬なのに芝生が緑色していた。

 グラウンドの端っこに高低差1メートルほどの小さな丘があり、陽がよく当たるその丘に座ってFWのラインアウトの練習を見ているギャラリーがいて、3列程度の小さな観客スタンドでBKのランプレーの練習を見ているギャラリーがいた。ご近所さんか熱烈なオールドファンかという風情の方々だった。ほかに報道の記者もいて、合わせると30人ぐらいの人が、ワセダの練習を見ていた。
 私は時々、サントリーの練習を見に府中のグラウンドまで出かけることがあるが、サントリーの練習にギャラリーはいない。いても仕事帰りのOLさん一人か二人、というところである。報道記者も神戸製鋼やNECや東芝府中など強豪相手の試合前でないと、練習を見に来たりはしない。
 だから、グラウンドに練習を見に来ただけで私は、大学ラグビーと社会人ラグビーの人気の度合い、そして大学ラグビーの中でもワセダのポジションというか伝統というか、なんだかそんなもんを感じられて「ふーん」と思った。

 で、だ。
 練習が終わったあとに、「突っ込みの概念」を体得した伊藤と、3年生になってもはやヒーヒーいわなくなったらしい諸岡に「突っ込み」とは何かを聞いてみた。以下、一問一答。

――突っ込み、ってナニ?
伊藤「スクラムのときのヒットのことですよ」

――ヒットって?
伊藤「スクラム組むときに、ガーンって当たるじゃないですか。あれですよ」

――ガーンって当たったときに、スクラムの良し悪しが決まるの?
伊藤「決まりますね」

――ふーん……(あんまり理解できてない)。
諸岡「制空権なんです」

――制空権?(ますますわからない)
諸岡「ヒットすることからスクラムが始まりますよね」

――確かに。
諸岡「その、ガーンって当たったときに、どれだけ広い陣地が獲れるかで決まるんです」

――陣地っていっても、自分のクビを相手のクビしかないじゃない。
伊藤「そうなんですけど、そのクビを自分のいい感じに据えられるか、相手のいい感じに据えられてしまうか、ってのが勝負なんです」

――相手のいい感じになったら?
伊藤「自分の力、でないっす」

――相手より自分の方が体重が重くても?
伊藤「はい」

――そんなことってあるんだ(ちょっとわかってきた)。
諸岡「自分のクビが自由に使えるように、広い陣地が獲れると相手はそれだけ自由がなくなるわけですよね。そうすると、相手は縮こまるんです」

――なるほど……縮こまる、ね(自由に使えるクビと使えないクビ、頭の中でシミュレーションしてみる)。
伊藤「縮こまると、力でないっすよね」

――確かに……(大学生に説得されて納得してしまう悔しさもでてきた)。
諸岡「スクラムって、クビの陣取りゲームなんです」

――おお!(諸岡、けっこうアタマいいじゃん、と思ってしまう)
伊藤「小さいFWでどうやって勝つか、突っ込みで勝負だってのはワセダのプロップで伝統的に考えられてきたことなんです。だからヒット(突っ込み)を重視するチームって、これまであんまりなかったんじゃないですか」

――そうだったんだ(伊藤、歴史も勉強してるのか、と感心しまった)
伊藤諸岡「はい〜」

 伊藤によれば、東伏見の旧グラウンドには、「突っ込みマシーン」というのがあると。どういうものかというと、木製の柱が荒縄をグルグル巻きつけられて、がっしりと設えてある。そんな「マシーン」相手にワセダのプロップたちは、毎日ガンガン当たりまくっていたと。
 ちょうど足を踏ん張る位置には、左足右足、大きく穴が開いていたと。

 上井草のグラウンドの隅には、最新式のスクラムマシーンが置いてあり、そこだけ人工芝が敷き詰められている。広さは、小学校の教室ぐらい。
 そこで、東野とタマちゃん市村が「突っ込み」の練習をしていた。
 清宮克幸監督は、ニヤリと笑っていう。
「いいでしょ、ここ。ここは彼ら(プロップたち)の聖域なんです。一年中好きなだけスクラムの練習ができます」
 一年中、かあ、スクラムの練習を……。

 ガシャーン、ガシャーンと、突っ込むたびに衝撃音が響く。
 クラウチングスタイルというか、アメフトのディフェンスがとるような姿勢で、アタマからスクラムマシーンに当たっていく東野とタマちゃんイッチー。二人でああやるといいかも、こうやるともっといいかも、と話ながら突っ込んでいた。悲壮感も一生懸命な汗臭さはなかった。なんだかむしろ、ほのぼのしていた。しかし。
 構える彼らとマシーンの距離、およそ1.5メートル。
 私もその距離をとって、スクラムマシーンに「突っ込み」を入れてみた。
 遠くて怖かったし、当たって痛かった。

参考までに、ワールドカップに出場した日本代表の「プロップ6人衆」

上井草タタミ(かみいぐさたたみ)=別名:府中四六蔵)
1966年長崎県佐世保市生まれ。長崎海星高校、早稲田大学卒。高校入学から大学卒業まで11年もかけた慎重派。学生時代からフリーライターとして週刊誌や月刊誌で活動を始める。専門は日本の政治と経済と社会と文化。
サントリー・サンゴリアスのHPで「プロップマガジン」を執筆。
「仕事が入った」と家族に偽って土曜日日曜日祝日その他にラグビーを観戦し執筆するのもそろそろ限界かな、と最近感じている本人と騙されてるふりをしている家族(主に妻)である。

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